1998年10月12日
今回はメーカーが提供するマニュアルと市販の攻略本との違いについて、提供する情報の種類という観点から検討してみたいと思います。
攻略本と比較してわかりにくいと批判されがちなメーカー提供のマニュアルですが、見当違いの批判もよく見受けられます。お互いの長所と短所を見極めて、ユーザーに対して利益のある方向で分業できるようになれば良いのですが...。
メーカー提供のマニュアルが、すべての機能や操作についての情報を提供することが必要であるのに対して、攻略本ではユーザーが使いそうな情報だけに絞ることができる、これこそ両者の最大の相違点でしょう。
マニュアルではすべての機能や操作を説明するために、扱わなければならない情報の量が、攻略本に対して必然的に多くなります。さらにマニュアルには機能や説明だけでなく、(特にハードウェアでは)必要な法規関係の文章や情報を入れる必要があるため、情報量はさらに多くなります。
多くなった情報をユーザーにわかりやすく提供するために、マニュアルの制作者は目次や構成、階層を工夫することで何とかするというアプローチをとっています。しかし、製品の多機能化によって膨れ上がった情報量のせいもあり、どう工夫してもわかりにくくなるのはやむを得ない面もあります。また、参照用として構成を組むのか、またはチュートリアル形式で構成を組むのかも、ユーザーによって好みが別れるため難しいところです。そうかといって両方の形式を併用すると、今度は分厚すぎて読む気がしない(一冊にまとめたとき)だのたくさんあってどれを読めば良いかわからない(分冊にしたとき)だのやっぱり文句を言われてしまうのが辛いところです。
どちらにせよ、できるだけわかりやすくコンパクトにするために、情報の重複を避け、(後半での説明は前半の説明に積み上げるといった)連続性を持った書物として構成せざるを得ないのがマニュアルの痛いところです。つまり、ユーザーが最初から最後まで直線的(リニア)に読んでくれるという前提で全体を設計する(せざるを得ない)訳です。すでに説明したところは理解しているであろうという前提で省略気味の説明にとどめる、というのはよくある例ですね。
しかし、このような工夫が実際のユーザーの希望にあっていないということが問題の根源です。理由はいろいろと考えられるのですが、それは後回しにして攻略本の特性を見てみましょう。
マニュアルと異なり、市販の攻略本はユーザーが実際に使いそうな操作だけを取り上げられるのが強みです。
制作環境の面から見ると、メーカー提供のマニュアルと違って、ユーザー全体を相手にする必要がない、製品と同時出荷する必要がない、表現の許容幅が広い、おまけにコスト制約が少ないというマニュアル制作者から見ると夢のような制作環境が用意されています。そのかわりに絶対に売れるものを制作しなければならない、という条件はつくのは仕方のないところでしょう。
つまり、最初から対象ユーザーを絞り込んで(ユーザーを選んで)構成立てすることができ、(いつ仕様変更があるかどうかわからないβ版を使用して、納期に追われながら制作するのではなく)出荷済みの実際の製品を使用しながら制作でき、(あまりにくだけた表現や他社製品に対して比較した表現は禁止といった)表現幅の制約が緩い条件で制作できるのが攻略本というわけです。
マニュアル制作者の立場から言わせてもらうならば、こんな環境ではわかりやすいものができて当たり前なのです。マニュアル制作者はみんな心のなかで、あの条件なら誰でもわかりやすいものが制作できる、と思っているに違いありません(笑)。
こういった制約がないため、ユーザーが実際に必要になりそうな操作だけを見出しに並べるといった思い切った構成も可能になります。マニュアルでは複数の機能に分散してしまう(説明するページも分散してしまう)ような操作を一つの見出しで完結して説明することも自由自在です。
そのため、ユーザーはマニュアルを直線的(リニア)に読まなければならないのに対して、攻略本ではユーザーが必要なところだけを(ノンリニアに)読むことができるという決定的な違いが生じます。各見出しで必要な(いくつかの要素が複合した)操作の説明を完結させているので、そこだけ読めば大丈夫という安心感を提供できるのです。
攻略本のユーザーの声を聞くと、やはりこの面がマニュアルに対して評価されているようです。つまりユーザーは自分の求めるものをダイレクトに説明している解説書を要求しているということです。
マニュアルでもこうした説明のしかたはできないことはないのですが、これをやり始めるとページがいくらあっても足りないのが実状です。特定のユーザー層をターゲットにできないので、想定される「やりたい操作」をあげるだけでもキリがなくなってしまいます。
他社製品と連係した操作の説明も、他社製品のバージョンアップに合わせて情報を見直したり動作確認をしたりといった手間が生じるため、現状の制作環境では事実上不可能に近いでしょう。その上、自社製品のマニュアルで取り上げることによって一部の他社製品を推奨/非推奨していると捉えられかねないという、非常に政治的な問題をも生じることになってしまいます。
出版元がメーカーであるだけに、一般のユーザーには思いもよらない厳しい制約が存在するのが実状なのです
ここまで見た通り、実際のユーザーの要求を満たすには確かに現状の攻略本の形態が適しています。しかし、メーカーが提供するマニュアルがその形態を取ることは困難であることも、いままでの説明でおわかりいただけるのではないかと思います(もちろんマニュアルがユーザーの要望をより反映できるよう試行錯誤を続けることも必要です)。
攻略本の隆盛に投影されているユーザーの要望にマニュアルが応えるには、ユーザーに対する情報の提供システム自体を変革する必要があるのではないか、というのが当研究所の見解です。
提供システムの例として、このような例が考えられます。現在でも一部で利用されているポピュラーなものをあげてみました。
どれも一長一短ですぐに導入できるといったものではありませんが、これくらい思い切ったことをする必要があるのかもしれません。
マニュアル自体を改善することも必要ですが、ユーザーが必要としている情報を届けるためにどういった手段が利用可能なのかという観点から、ユーザーに対する情報の提供システムを再検討すべきときなのかもしれません。
話が大きくなってしまったために、細かいところに論理の飛躍があると感じられる方も多いかもしれませんが、いかがでしたか?
今回は情報の種類の面から検討しましたが、マニュアルと攻略本との関係には、ユーザーが情報コストをどれだけ負うべきかという問題など、様々な興味深い問題が凝縮されているのではないかと感じています。機会があれば、この問題をまた別の観点から取り上げてみたいところです。