書籍デザインとしてのマニュアル制作

1999年1月25日

今回はマニュアルの問題点と言われ続けている、ビジュアル面での貧弱さをどうするかということについて、具体的なビジュアル化の手法ではなく、ビジュアル化を実現するために必要な発想の転換、という視点から検討してみたいと思います。

導入という役割を果たしていないマニュアル

前回の研究発表でも取り上げたように、紙マニュアルが各種の電子マニュアルと併存して各種の取り扱い情報を提供するという状況では、紙マニュアルに求められる役割はおのずから変わってきます。
詳しい内容については前回をご覧いただくとして、導入という役割こそ今後の紙マニュアルが前にもまして担っていかなければならないものだ、ということが今後の議論の前提となります。

さて、現在の紙マニュアルはその目的通りに機能しているのでしょうか?
残念ながら、とてもそうは思えません。
その理由としてよく挙げられるのが、見た目としてそもそも読む気になれないというものです。マニュアル自体の外観的な魅力が乏しいうえに内容も貧弱であるため、マニュアルが導入という役割を果たしていないという訳です。
確かに内容の良し悪し以前の問題として、ユーザーの読む気をなくさせるようなひどいマニュアルが氾濫している現状では、こういった意見が続出するのもやむを得ないことなのかもしれません。
では、既存マニュアルの外観の、一体どこに問題があるのでしょうか?

書籍デザインという意識の欠如

その理由として、マニュアル制作者が生産性とコスト意識を重要視するあまりに、マニュアル制作を書籍の制作として考えるという意識が欠落してしまっているという現実を理由としてあげたいと思います。
つまり、結局内容さえ正確であれば良いだろう(これは重要なことですが)と開き直ってしまい、マニュアルに必要とされる、書籍としての華の部分をどう表現するかを考えなくなってしまっているということです。
その結果としてレイアウトやデザインといった部分の質感が著しく劣るマニュアルが濫造されている、というのが現状だと思います(もちろんコストダウンによって採用された安価な用紙が、安っぽさに拍車をかけていることは否めません)。

マニュアルが嫌われて攻略本が売れるのも、内容的な面よりも見た目が魅惑的であるかどうかが大きいのではないでしょうか? 確かに内容的に見て問題があるような攻略本が多いのも事実ですが、少なくともデザインその他の質感という点に関しては、攻略本はマニュアルをはるかに凌駕しているように思えます(ちなみに攻略本のデザインそれ自体は、とてもレベルが高いとは思えません。単にマニュアルがひどすぎるだけです)。要するに、マニュアルが書籍として期待/要求される品質を維持できていない、ということが一番の問題なのです。
現状のデザインは、流し込みやすく、後からの修正もしやすいように各社工夫しているであろうことは疑いありません。しかし作業工程の効率化という、工業製品としての生産性だけを追及した味気ないマニュアルが、ユーザーからソッポを向かれる原因となっているのではないでしょうか。

「ページ」を常に意識することの必要性

それではどうすれば良いのでしょうか?
現実問題として、ビジュアル面を強調した雑誌のようなデザインをマニュアルに採用するには無理があります。雑誌のレイアウトは、規定通りの文字数で内容を伝えるライティングあってこそ成立するものですが、必要な説明を省略してはならないマニュアルでは、その前提は成り立ちません。制限があるからといって必要な説明を省略するわけにはいかないため、想定したレイアウトがいつも維持できる訳ではないことに留意する必要があります。

そこで提案したいのが、巻物をページごとに切り取るというのではなく、最初からページや見開きページごとのバランスや見やすさを重視して制作するという意識を個々の制作者が持つ、ということです。
もちろん個々の制作者の感性にすべてを依存する訳にはいかないので、生産性に優れた、質感のあるデザインフォーマットも必要になるでしょう。しかし、いくら素晴らしいフォーマットであるにしても、基本となるのは運用する個々の制作者です。
現在のマニュアル制作は、流し込みという言葉が示すように、巻物を改ページで寸断しているだけのことが多いと思います。このような作りかたをしていては、ページを意識しろということ自体に無理がありますし、印刷/製本された書籍という仕上がり形態をイメージして制作しにくい、という問題もあります。つまり、制作に当たってユーザーが完成マニュアルを眺める視点を制作者が共有できない、ということです。
ページを意識するということは、ユーザーの視点を共有するということでもあるのです。

ページを意識することが必要な場面は、日常業務にいくらでもあります。
多くのマニュアル制作会社では、1冊のマニュアルにデザイナーがつきっきりで作業できるような機会はあまり多くないでしょう。そのため、見開きでページを見たときの全体的な粗密感や左右のバランス、1ページあたりの適切な情報量ということに関しても、個々の制作者が決断を迫られる機会は数多くあります。このような場合でも、ページを常に意識して感性を鍛えていれば、だいたい常識的な範囲に収まるから不思議です(笑)。
そうして見ると、運用する個々の制作者がページというものを日常的に意識するにはどうすれば良いか、という問題も検討してみる必要がありそうです。

制作ツールにも配慮が必要

ページを意識して制作するには、制作者が常にページというものを意識して作業できる制作環境が必要でしょう。
そのためにも、ワープロ系のソフトウェアでなく、常に見開きレイアウトをWYSIWYGで確認しながら作業できる、ページレイアウト系のソフトウェアでマニュアルを制作していくことが望ましいと言えるのではないでしょうか。
最近ではMicrosoft WordやAdobe FrameMakerといった、ワープロ系の制作ツールを使用した制作手法が流行する兆しがあるようです。確かに表現力といった面では、これらのソフトウェアはページレイアウトソフトウェアに匹敵するものがあるかもしれません。しかし、実際のところこれらのソフトウェアでページ意識を保持しつつマニュアルを制作するのは、かなり困難なのではないかと思われます。

少なくとも書籍としての性格の強い、一般ユーザー(コンスーマー)用途の製品のマニュアルは、ページレイアウトソフトウェアで制作するべきだと考えます(紙マニュアルのビジュアル化の流れが加速すると、ワープロ系のソフトウェアは制作ツールとして役不足になると当研究所は予想しています)。
マニュアル制作者が制作中に一般ユーザーの視点を持ちえないツールを使っている限り、ユーザーがマニュアルを実際に広げて見たときに味わう失望感は決して減少することはないと考えますが、いかがでしょうか。

いかがでしたか?

今回は紙マニュアルのビジュアル化以前の問題として、ページ意識ということに注目してみました。もちろんそのためには、生産性の維持やデータの汎用性についての問題も出てくると思いますが、そのあたりの問題は具体的なビジュアル化の手法とともに、また別途お届けしたいと考えています。

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