マニュアルのデザインが貧弱なのは...

2006年8月14日

業務多忙は先月末で無事クリアできたのですが、その後いろいろありまして更新再開が遅れておりました。復帰へのリハビリも兼ねて、日経デザイン2006年8月号(20〜21ページ)の記事に見られる(発表者の)勘違いについて、少しコメントしておこうかと思います(以下、マニュアル制作業界以外の方にはわかりにくい内容が多くなりますが、あらかじめご了承ください)。

当該記事を要約すると、「これまでマニュアルの(ビジュアル)デザインは非常に貧弱だった。流し込みフォーマットばかりで、見開きも考慮されていない(これは制作ツールにも理由がある)。市場からはデザインリッチなレイアウトが要求されてきているので、InDesignを使用することで(以下略)」というものです。マニュアル制作に関わる人を馬鹿にした発表としか言いようがなく、これは文句をつけずにはいられません。この話は先のDIME誌の特集の話(座談会でも話題になったがカットされた)とも関連があります。

マニュアルのビジュアルデザインが貧弱と感じられがちで、雑誌のような印象的なレイアウトと縁遠いのは、(お金の話は別にしても)凝った先割りレイアウトデザインが事実上不可能という理由が大きいのです。マニュアルのビジュアルデザインを批判するデザイナーの方は多いのですが、この点まで思い至っている方は本当に少ない(皆無?)ようです(DIME誌の座談会でもデザイナーの方が驚かれていましたし、日経デザイン当該号18ページの記事でも、その片鱗が伺えます)。

この辺の状況に関しては、もう7年半も前

現実問題として、ビジュアル面を強調した雑誌のようなデザインをマニュアルに採用するには無理があります。雑誌のレイアウトは、規定通りの文字数で内容を伝えるライティングあってこそ成立するものですが、必要な説明を省略してはならないマニュアルでは、その前提は成り立ちません。

研究発表(ラプラス取説研究所) | 書籍デザインとしてのマニュアル制作

と書いた状況からまったく変わっていません。

先割りレイアウトには文字量の制約(テキスト分量を決めて文字原稿を依頼するというワークフロー)が当然ですが、マニュアルではそのようなビジュアル優先の制約は機能しません。必要な情報をユーザーに伝えるという最優先の目的のためには、文字量の制約などそもそも無理な注文なのです(もちろん先割りレイアウトでなくてもレイアウトに配慮することは可能で、現状のマニュアルのデザインが貧弱だというのはもちろん制作者サイドの問題もありますが、後述します)。

その挙げ句に

今では、マニュアルにもよりわかりやすいビジュアル性の高いデザインが求められています。

日経デザイン2006年8月号20ページ

などと書いていますが、こんなことはそれこそ上記通り10年来の課題なわけで、いい加減にしろと言いたい(この発表を会場で聞いて、うっかり納得してしまった人も同様です)。

現実的な問題として、お金と時間、それを含めた開発体制が抜本的に変わらない限り、ビジュアル中心のマニュアル制作は困難といわざるを得ません。頻繁に発生する仕様変更(情報量の増減)に直面しているマニュアル制作の現場では、ビジュアル中心のマニュアルは修正発生時のリスクが大き過ぎるのです。しかしそのような状況の中でも、できるだけデザイン品質を向上させたり、紙媒体メディアとしての特性(見開き展開)を活かそうとしたりしたマニュアルは昔から存在しています(初代PlayStationのマニュアルなどもそうです)。制作ツールの問題ではないのです。

(私見ですが)マニュアルのビジュアルデザインが貧弱な理由としては、以下の3点が大きいのではないかと考えています。

  • 開発部門の理解・協力を得られない:制作コストやプロセス、操作手順の設計、情報設計方針についての理解なしに、ビジュアル中心のマニュアルを制作することは困難です。現在の(マニュアル制作ではなく)製品開発プロセス自体が変わらなければ、マニュアルもなかなか変わりません(ただこれも理解が得られないと文句を垂れ流すばかりでなく、理解を得られる努力をすることも重要ですが...)。
  • 必要な情報の種類や量を事前に見極めることが困難:情報量をある程度読めなければ、事前の企画構成や情報量のコントロールを綿密に行うこともできませんし、デザインテイストを冊子全体を通してどれだけ維持できるのか、デザイン段階での検証もできません。その意味で、ある程度形ができてきた商品カテゴリーの場合はともかく、新規カテゴリーの製品や斬新なコンセプトの後継製品の場合は、かなり厳しいです。
  • マニュアル制作者に能力・熱意がない:お恥ずかしい話ですが、おそらくこれが一番大きい理由でしょうね。熱意があれば現状でもそこそこのものを作れる訳ですから、貧弱との誹りを受けても仕方がない面もありますか...。マニュアル制作者のエディトリアルデザインへの関心の薄さは伝統芸の域に達しつつあり、ライティング中心主義からいつになったら脱却できるかなど、見当もつきません。

熱意のある制作者にとっては前2つが問題で、熱意がない制作者はそれ以前の問題ということですね。結局のところ業界外に向けては「批判のポイントがズレてるんですけど」、業界内に向けては「もっと頑張ろうよ」という、ありきたりのつまらないオチで〆ということで。

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