1997年5月12日
予定では「操作手順の説明のしかた」だったのですが、種々の要素をどう展開するかが解決できなかったので、次回にさせていただきます。
さて、連休中に本を読んでいたら、面白いものを発見しました。それがグライスの公準です。もともと認知科学者のグライスが、会話における既出−新出情報の結合方式として提唱したものらしいのですが、わかりやすい文章を書くためのためのガイドとしても使えそうです。以下、元ネタを少しマニュアル寄りに改変して、ご紹介します。
まず、情報量についての公準から始まります。いわく情報は多いほうが良いが、必要以上の要素は不要である。
確かにこのとおりですね。誤解がないように断っておくと、「多いほうが良い」ということは「必要な情報は全て盛り込まれていなければならない」ということです。
確かに情報量が少ないマニュアルでは、「これだけでできるのか。簡単そうだからやってみよう。」とユーザーに思わせる効果があります。しかし、必要な情報が全て盛り込まれていないと、やっぱりうまく行かずに「簡単じゃないじゃないか。だましたなーっ!!」ということになりがちです。
そうかといって必要以上の情報を盛り込んでは、ユーザーの読む意欲と操作してみようとする意欲を奪うばかりです(そのうえ余分なコストもかかります)。
次に、情報の質についての公準が続きます。いわく情報には間違い・不確実なものを含んではならない。
これもそのとおりです。間違いは論外としても「たぶんこう動くはずなんだけど」という怪しい判断に基づく情報も、ユーザーにとっては勘弁して欲しいものです。やはり確実な情報以外は載せないという鉄則は守る必要があります。
ただ、これには少し難しい面もあって、不確実だけれどもユーザーに与えておきたい情報というものも確かに存在するのです。これは専ら営業方針に基づくものであったりするわけですが、この種の情報をどう取り扱うかは今後の課題となってくるでしょう。
簡単にいってしまうと、ある機械のマニュアルで確実な情報だけを提供しようとすると、単体でできる情報だけになってしまい、組み合わせ使うような情報は危なくて載せられないのです。でも、やはり組み合わせて使ってもらいたいものもあるわけで. . . 。これは営業方針だけでなく、書き手としても「組み合わせて使うと見える世界が広がってくるので、ぜひ使って欲しい」というものも含まれます。
続いて、情報どうしの関係について言及しています。いわく適切な発言をする。
実はこれだけが良くわからないので、現物をそのまま流用しています。たぶん情報は文脈を踏まえて配置するまたは情報は適切な順序で配置するということだと思います。当研究所はマニュアルのプロではあっても認知科学のプロではないので、完全な専門用語は実はお手上げだったりします(今後の研究で本当のところが判明したら、修正することにします)。
本当のところをご存知のかたがいらっしゃったら、ぜひご連絡いただけるようお願いいたします。
最後の公準は、情報をどう表現するかです。いわくあいまい・多義的な表現を避け、簡潔に、秩序正しく表現する。
最後に具体的な表現方法が出てきました。はっきりと意味を確定できない表現(あいまい)、2つ以上の相反する意味が含まれている表現(多義的)を避けなければならないことは当然です。簡潔に秩序正しく、というのも当然ですね。
話がずれるのですが、日本語には英語でいうところのSVO(主語+述語+目的語)を明確にするという規則があまりありません。助詞の使用法も自由度が高いように思われます。これは良い悪いの問題ではなく、日本語の特色です。ただし、この日本語の特色はテクニカルライティングに関しては分が悪いと言わざるを得ません。
テクニカルライティングの際には、何が何をどうするのかを明確にして文章を書くことが求められます。そのため、「日本語としては論理的すぎるかな?」と思うくらいの文章を書く必要があります。それでなければ他人にとって明確な文章とはならないものです。
なぜって、ライターは自分が何を書いているのかわかっているので他人もわかってくれるだろうと思って、簡単に済まそうとするからです。自分にとって「くどい」くらいの文章でないと、人様にはわかってもらえません。
この公準は、世の中でテクニカルライターという職種をひけらかしている人々に、今一度認識していただきたいものです(解説本や雑誌のライターに多いように思われますが、たぶん気のせいでしょう)。
テクニカルライターを名乗るのであれば、もう少しわかりやすい文章を書いてください。別に専門用語を使っても良いのですが、ねじれて意味が把握できない文章だけは、同業者として我慢なりません。係り結びがしっかりしている文章さえ書けないのでは、モノ書きとしてお話にならないと思います。