2000年5月22日
以前「情報大工のひとりごと」(1999.05.21〜06.02)で取り上げた小田急電鉄の特急券券売機ですが、「話が大きくなってきたので、そのうち研究発表にまとめます」と言ったまますっかり忘れておりました。ふとしたことから原稿のテキストファイルを発見しましたので、実際の券売機が改善されないうちにユーザビリティの問題点をまとめて、改善のヒントを提示してみたいと思います。
新宿と箱根湯本、そして片瀬江ノ島という観光地を結ぶ小田急電鉄にはロマンスカーという全席指定の特急電車があります。観光客だけでなく、通勤ラッシュ時にはビジネス利用客も多いようです(小田急線のラッシュはすごいんです)。行き先と途中停車駅のパターンが何種類かある(つまり、すべての特急が自分の目的地に止まるわけではない)のが厄介ですが、それ以外は普通の特急です。揺れも少ないですし、快適です。
さて、このロマンスカーは全席指定ですので、あらかじめ特急券を購入しなければならないのですが、何故かこの券売機の前で固まっている人をよ〜く見かけます。研究所長曰く「慣れている人でさえ迷ってしまうときがあるくらいだから、初めての人が固まってしまうのは仕方がない」。さて一体、どんな問題があるのでしょうか?
問題を検討する前に、この券売機のシステムについて簡単に説明しましょう。この券売機で特急券を購入するためには、ユーザーは次の6つの項目について意志決定をする必要があります。それぞれの項目は、特急券の購入に必要な選択項目(必須)と好みに応じた選択項目(オプション)の二つの種類に分かれています。
確かに項目としては多いのかもしれませんが、特に問題となるような項目が含まれているようには見えません。では、なぜ券売機の前で固まってしまう人が多いのでしょうか? それはユーザーが考えるタスクの順序と、実際に券売機によって課せられるタスクの順序がまったく異なることに一番の原因があるのではないか、というのが当研究所の分析です。
ユーザーが特急券を購入するときの心理を考えると、以下のような順序でタスクを設定するのが自然なのではないかと考えられます。
それでは実際の券売機では、どういう順序になっているのか見てみましょう。駅員手製による、券売機の横に貼ってあった簡単な手順説明ポスターによると、以下のような操作手順になっています。
ユーザー心理では優先度の高い「降車駅」と「乗車時刻」が後回しになっていることがわかります。これこそユーザーが固まる理由、諸悪の根元なのです。
購入客の動作を観察していると、発行枚数を指定してから行き先、発車時刻を指定するまでの操作を行ったところで固まってしまうかたが多いようです。これは何故かというと、必須項目である喫煙/禁煙指定をスキップしてしまっているので発券プロセスに入ることができないにもかかわらず、システムからのフィードバックが有効に機能していないからです。もちろんこの時点で「禁煙席、喫煙席をお選びください」というアナウンスが流れますが、駅の入り口の雑踏ではなかなか聞こえません。特に高齢者の購入客であれば、なおさらです。
それではなぜこのようなことになってしまうのでしょうか?
確かに手順設計のミスという根本的な問題はあるにせよ、ここまで多くの人が固まってしまうようなシステムはそうそうありません。実はこの券売機、操作パネル自体の設計もかなりデキが悪いのです。
問題の操作パネルの拡大図を以下に示します(写真中の購入順序を示す番号シールは、あまりに固まるかたが多いので、駅員さんが用意したもののようです)。
ではここで、前に分析したユーザー心理によるタスクの順序とシステムが要求するタスクの順序を、操作パネルに重ね合わせてみましょう。
これでは固まるはずですよね(苦笑)
人数選択→降車駅選択→時刻選択というように、パネル自体の設計がユーザーに誤った操作フローを意識させていることがわかります。そのうえ誤った操作フローの方がユーザーの心理には券売機の操作方法として自然に感じられるため、問題がさらに悪化しているのではないかと考えられます。確かに(右上部にある)喫煙/禁煙指定などのボタンを点滅させるなどといった工夫も施されてはいるのですが、ユーザーの意識が集中している場所から離れているため、なかなか設計者の思ったようには機能していないようです(混乱しているユーザーは操作パネルをのぞきこむような姿勢を取っているので、ボタンが点滅していても視野に入ってきていないようです)。
表示パネルと音声によるガイダンスが有効に機能していないことも、問題を悪化させています。購買客の動作を観察していると、表示パネルを見ながら操作を行うユーザーは少なく、トラブルが生じてからはじめて表示内容に気が付くユーザーが多いようです。これは操作パネルを見ているだけで必要な情報が完結しているように思えるデザインを採用しているため、表示パネルは必要ないと思いこむユーザーが多いという理由が考えられます(実は完結していないので、表示パネルの情報を適宜確認する必要があるのです)。
音声によるガイダンスに関しては、先に言及したように駅の入り口の雑踏という環境下で、音声に情報提供を頼るという判断が果たして適切かどうか、再検討の必要があるのではないでしょうか。
いかがでしたか?
結局、手順設計がユーザー心理による情報の優先順位を無視していることに加えて、実際の券売機のデザインもデキが悪いため、混乱するユーザーが多いというのが実際のところなのではないかと考えられます。前者に関しては、おそらく空席情報データベースに対する照会基準の優先順位を、そのまま券売機の指定順位に採用したのではないかと推測できます。システム構造に合わせることをユーザーに強いる、典型的な例ですね。後者に関しても改善案のヒントはすでに提示してありますので、この位にしておきましょうか。