常時接続は電子マニュアルをどう変える?

2001年11月26日

毎年恒例(笑)ではありますが、今年もTCシンポジウム2001の分科会「常時接続の一般化時代変わりゆくマニュアル情報の提供」で当研究所の所長が関係した内容を、一部増補版でお届けします。

今年は各パネリストが独立した発表資料を用意するのではなく、終始ディスカッション形式で行われた関係もあり、以下の内容には他のパネリストの方のご意見も反映されています(コーディネーターを担当された伊藤さん、パネリストの高橋さん、上野さんに感謝です)。

常時接続環境の現状とこれから

ブロードバンド環境、ひいては常時接続環境の急速な進展がよく取り上げられますが、実際の所どうなのでしょう?

株式会社リサーチ・アンド・ディベロプメント「自宅でのインターネット接続について 2001.3」調査によると、2001年3月の時点で常時接続ユーザーが15.3%(世帯ベースの自宅利用環境)を越えています。常時接続環境はCATVやADSL系だけでなく、フレッツ・ISDNやナローバンド専用線も含んでいますので、ブロードバンド接続世帯に限定すると10.7%の普及率となります。また、将来予測という面では、イーシー リサーチ株式会社予測調査が参考になります(同調査についてのINTERNET Watchによる記事)。この調査結果によると、2004年の段階でブロードバンド接続世帯数は46.4%を占めるとされています(総ネット接続世帯は、3135万世帯と予測されています)。

家庭へのパソコンの普及と常時接続環境の爆発的な増加という現状と予測を考慮に入れると、インターネット接続を前提とした製品やサービスの増加に拍車がかかるということが言えそうです。そしてこれは取りも直さず、ネットワークを利用した電子マニュアル配信が現実的なものとなることを意味します。

常時接続環境というと、どうしてもブロードバンド(広帯域)という側面に注目が集まりがちです。電子マニュアルに関連する話題でも、広帯域を利用したストリーミングなど、各種動画による情報発信といった面にばかり言及されているように思えます。しかし、ブロードバンド系のサービスは定額の常時接続サービスであることがほとんどであるということを念頭に置くのであれば、電子マニュアルとして注目すべきは定額常時接続環境の一般化です。電子マニュアルをネットワーク配信するにあたって一番の問題となっていたのは、「メーカーの義務ともいうべき取扱情報を閲覧するために、ユーザーが通信料金を追加負担しなければならない」ことでした。定額常時接続環境が一般化することでこの問題をクリアできるのであれば、マニュアルのネットワーク配信もいよいよ実用化の段階を迎えることになるでしょう。

電子マニュアルとWebページとの違いを再確認する

実際にネットワークを利用した電子マニュアルの姿を考える前に、そもそも電子マニュアルと現在のWebページとの違いは何かということを押さえておきましょう。見る観点によって、いくつかの違いがあります。

このような基本的な違いを押さえた上で、ユーザーとメーカー双方の長所と短所のバランスについて考察してみましょう。

ネットワーク化による長所と短所

メーカー側の長所と短所、ユーザー側の長所と短所のバランスはどう変わってくるのかを考えることも重要になります。主なところを考えると、下表のようになるでしょうか。

長所 短所
ユーザー
  • 情報が統合されるため、メディアを選択する手間がなくなる。
  • 「マニュアルの紛失」が原理的になくなる。
  • 取扱情報のUI化によって、情報を参照するという手間を削減できる。
  • ネットワーク接続環境がないと何もできない。
  • 緊急時の対処と、問題点の特定が困難である。
メーカー
  • ユーザー行動を追跡することで、使用実態にあわせたサービスを提供できる。
  • ユーザー/メーカー間のコミュニケーションを強化できる
  • サポートコストを低減できる(家庭内ネットワーク+IPv6環境など)。
  • マニュアルの部品コストを低減できる。
  • 商品のライフサイクル終了までのデータ管理が煩雑である。

いろいろですね(笑)。長所と短所のバランスを、製品やサービスの特性に合わせてメーカーがどう判断するかになります。

また、メーカーとユーザーの長所に注目するならば、電子マニュアルのネットワーク化によって、ユーザーとメーカー間のコミュニケーションを改善できる可能性が高いことが理解できるかと思います。内蔵HDDなどのローカルリソースに展開される、スタンドアロンの電子マニュアルよりも、ネットワークを利用したインタラクティブ(死語?)なWebコンテンツの方が、コミュニケーションを緊密化できる可能性を持っていることは、ある意味で当然と言えるでしょう。CRMに代表されるように、関係性やコミュニケーションが重視される最近のご時世を見ると、この特性を看過する訳には行かないと思われます。

コミュニケーションの意味をもう一度考えてみよう

ところで最近、「そもそもコミュニケーションが必要とされる、本来の理由」が忘れ去られているのではないかと感じるときがあります。コミュニケーションという言葉が、メーカーが販売を促進するための道具としての文脈でのみ使われていることが多いのではないでしょうか。

ユーザーとメーカーの間のコミュニケーションが必要とされる本来の理由は、製品やサービスを通して両者の間に長期の信頼関係を成立させることで、ブランドロイヤリティなり顧客生涯価値の増大を目指す、ということのはずです。しかし、短期間で目先の利益を確保することを至上命題とする現状の物作りが続く限り、本当に期待される効果を達成できるのでしょうか? つまり、コミュニケーションを強化したいと努力する一方で、まったく逆の方向を向いた日常の経済活動を、無自覚なままに行っているのが現状ではないでしょうか。数ヶ月単位で新製品を次々に投入して、「旧商品?知らんなぁ?それより、新製品を買ってくださいよ」とやってしまう、メーカーに顕著な例でしょう。

ネットワーク化された電子マニュアルでもWeb サイトでも、メーカーとユーザーとのコミュニケーションそのものを再構築していこうとするならば、現実世界での企業活動のレベルから変えていかなければなりません。それ以前に、現実世界での活動と結びつかないコミュニケーションなど存在しないということを、まず自覚することがなによりも必要になります。コミュニケーション密度の向上は、(Webサイトなどの)コミュニケーションを展開するメディア側だけの対応で解決する問題ではないのです。

Webユーザビリティの世界で言われるところの、メディア側だけの努力で成立する「インタラクション」のレベルと、「コミュニケーション」はまったく異質のものなのです。

いかがでしたか?

その他にも実際のWebデザインの制作例や、今後マニュアル制作者に求められるものとは?というような話ももちろん取り上げられましたが、この辺の話は昨年の分科会や、これまでこのサイトで何度も繰り返してきた主張と重複する部分が多分にありますので、割愛させていただきます。全部を詳細に載せてしまうと、せっかく会場にお越しくださった方に申し訳ないこともありますので。

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