このコーナーでは取扱説明書や製品のインターフェース設計、webサイトのデザインなどの領域を例として、情報デザインやコミュニケーションをめぐる問題について、当研究所の意見を発表していきたいと考えています。当研究所の活動領域も開設当初からかなり広がってきていますので、このコーナーも対象領域を拡大して、順次リニューアルしていく予定です。[2003.07.07全面改定](以前のバージョンはこちらです)
情報デザインという言葉を耳にする機会が増えましたが、「情報量の増加に対処するためには、情報デザインが必要だ」であるとか「情報デザインの視点で分析することが大切だ」というような話が多いように感じます。ここで気になるのが、そもそも情報デザインという行為は何を示すのか?という共通理解がないことです。それ以前に、情報デザインとは何か?自体が議論の対象となることが少ないことも気掛かりです。
このような状況もあって、どうも「情報デザイン」という言葉だけが一人歩きしている印象を受けます。「情報」と「デザイン」は単独でも掴みどころのない概念ですが、両者が結びついた「情報デザイン」ともなると、もうやりたい放題ということでなのでしょう。そのせいか、「あれれ?」と思われるような認識を目にすることもよくあります。
もっともよく見られるのは、「情報デザインとは情報を視覚的にわかりやすく、魅力的に処理する」ことであるという誤解です。「デザイン」という言葉が含まれているせいか、この種の誤解は後を絶ちません。また、Webサイト内の情報が増大/複雑化していく現状への対策としてのみ、情報デザインを認識している人も多いようです。ときおり見聞きする、「IA(インフォメーション・アーキテクト)はWeb専門職である」という誤解に通じるものがあります。
しかし、それらの認識は情報デザインのほんの表面に過ぎません。情報デザインの本質は「読み手/聞き手が理解しやすいように、対象を変換(翻訳)して表現する」ことにあります。「情報デザインとは、情報を図などの形式で視覚化することである」(それは単なるインフォメーション・グラフィックス)ということに限定したところで、視覚的にわかりやすく魅力的な情報としてまとめるには、こみいった対象から要素を抽出して相互関係を的確に把握・構造化するという前段階の作業が、(無意識であっても)必要であることに変わりありません。
同様に、その情報をいつ誰がどうやって見るのか?を考慮することなしに、把握した相互関係を読み手や聞き手に合わせて変換して提示したり、効果的な視覚処理を行ったりすることなどできるはずがありません。魅力的な視覚処理を行う能力は「センス」と表現されることが多いようですが、いくらセンスがあったところで、このような準備なしに「情報を伝達する」という目的を果たすことなどできないのです。
このような意味で、現状の問題を解決するための企画案を考えたり、研修の教材を制作したりする行為にも、情報デザインが必要です。それだけでなく、友人におすすめのお店の場所を知らせたり、昨日見た映画の感想を伝えたりするという日常生活の一場面でも、情報デザインが必要となるのです。つまり、何らかの情報を他人に伝達しようとする際には、必ず情報をデザインするという行為が必要になります。そのような意味で、情報デザインとは日常生活に密着したデザインであると言えます。
ただし、このような社会的なコンテクスト(文脈)を含めて情報デザインを定義すると、対象となる領域がどんどん拡大して、収拾がつかなくなってしまいます。不毛な発散を防ぐためにも、このコーナーでは情報を変換(翻訳)するために必要な前段階の準備過程を情報デザインの本質と定義して、この部分を中心に取り上げていきたいと思います。つまり、一般的には「インフォメーション・アーキテクチャー」と捉えられている視点から、情報デザインに関する話題を考えてみるということです。もちろん気になるテーマであれば、社会的なコンテクストにおける情報デザインについても、適宜取り上げていく予定です。
さて、情報デザインの考えかたが一般化することで、何が変わるのでしょうか。
考えられる様々な変化のうちでもっとも重要なのは、コミュニケーションのロスが減少することにあります。先に定義したように、情報デザインの本質は伝達対象者を想定して情報を変換することにあります。つまり、情報の出し手の論理ではなく、受け手の論理が優先される必要があります。その意味で、情報デザインとはユーザー中心のデザイン(UCD、User Centered Design)であると言い換えることもできるでしょう。
情報の受け手を考慮して情報がデザインされる(変換される)ことでコミュニケーションのロスが減少するということは、必然的にコミュニケーションの質の向上につながります。コミュニケーションの質の向上と一口に表現すると漠然としてしまいますが、例えば製品の仕様書や企画書を通じた関係者間のコミュニケーションの質が上がったとしたらどうでしょう? わかりやすい仕様書や企画書は、これから発現するであろう問題の本質を事前に明らかにする効果があります。さらに言えば、わかりやすい仕様書や企画書を準備しようとした時点で、今後の問題を予見することすら可能になるはずです。
これはマニュアルを制作する(製品情報をユーザーの視点で変換する)過程で、製品の操作仕様の問題点が明らかになるという事態と同じことです。つまり、情報デザインというプロセスには、それまで気付かれることのなかった対象そのものの問題点を明確にするという働きがあるのです。従って、情報デザインという考えかた・行為が日常化すれば、様々な問題の本質を明らかにできる機会が増えるだけでなく、改善のためのポイントも検討しやすくなり、そのための議論の質も高まるという効果も出てくることが期待されます。
これは極端な例にしても、情報デザインの考えかたが一般化すると、以上のような出来事は日常的のありふれた光景の一部になるでしょう。このような変化こそ(こういう言い回しは嫌いなのですが)人に優しい社会を実現するための最初の一歩だと当研究所は考えますが、いかがでしょうか。
皆様からのご意見によって、このコラムの内容も日々進化していくものと考えております。ご感想、ご意見などございましたら、ささいなことでも結構ですのでE-mailにてお寄せくださるようお願いいたします。