疑問だらけのサポートランキング

1999年6月 9日

日経パソコン5/31号で「99年版パソコンサポートランキング」という特集が組まれていました。そこにはマニュアルの評価も含まれているという情報も入手したため、さっそく購入してみました。
というわけでその内容ですが、まあ内容は相変わらずのものとはいえ、「これはちょっとひどいんじゃない?」という感想を持ちました。
COMPAQのマニュアルが最悪という結果には強く同意しますが(笑)、それ以外のランキングはほとんど無意味です。単にマニュアルに収録されている情報の絶対量が多い(分厚いマニュアルがたくさんついてくる)メーカーが上位にランクされているだけで、マニュアル自体が正当に評価されているとは思えないのです。
ではどこに問題があるのでしょうか?

偏った調査母体

このアンケートは各メーカーのユーザーから無作為の5000人を抽出してアンケートの可否を聞き、可であるユーザーに対して行ったアンケートであるとのことです。この時点で、すでにアンケート対象の無作為性が失われてしまっています。
従って、すでにサポート一般に対して何らかの意見があるユーザーが事前に選別されてしまったことになります(「例え無作為に送付したとしても、関心がある人しか返送しない」と言われれば、それもそうなのですが)。
ところで皆様もご存じのように、「サポート一般に対して何らかの意見がある」人というのは、過去にメーカーサポートに煮え湯を飲まされたことがあったり、その分野にもともと多大な関心を抱いている人になります。具体的な意見が集まりやすいという面ではメリットはあるのですが、この方法ではサイレンス・マジョリティ(声なき多数者)の意見を拾うすべがなくなります。

マニュアルとはもともと自己主張するようなものではありません。可もなく不可もなく空気のように存在を意識させないけれども、必要な情報は全て載っているというのがベストです(もちろん誉めてくれるのは嬉しいですが)。つまり「マニュアルはどうだった?」と聞かれて「特に問題ないんじゃない?」とプラスの評価でもマイナスの評価でもない答えを得やすいものがマニュアルなのです。
このような性質を持つマニュアルに対する評価を、こういった「事前選別がなされた母体に対するアンケート」を元に構築するというのは、編集部のマニュアルに対する理解不足をうかがわせるものではないでしょうか?

問題点が伝わらない調査項目

調査項目についても問題があります。
苦情が多かった項目として「説明が不十分」ということがワースト1にあげられているのですが、説明が不十分とは何を意味するのでしょう? 「説明が難しすぎる」(ワースト3)という項目は別にあったようですから、説明が不十分ということは即ち、提供されている情報が不足しているということでしょう。ワースト2が「量が少なすぎる」であることからも明らかです(逆に言えば、量の不足と説明不足とは設問が重複していますね。どのような説明が不足しているかを明確にする項目を用意すべきでしょう)。
ではいったい、どのような情報が不十分だったのでしょうか?

調査母体のプロフィールを見ると、パソコンの平均使用歴がすべて5年超と、かなり偏っています。このようなユーザー層は基本的な操作方法には習熟していて、それ以上の使いこなすための情報を求めているのではないかと考えられます。各メーカーが初心者ユーザー対策に力を入れた関係もあり、初心者ユーザーが必要とするような情報が大きく欠落しているような状況はあまり考えられません。ということになると、情報不足とはユーザーの具体的な利用場面における応用操作/トラブル対策に対するものであることが推測できます。

しかし、当研究所が以前から主張しているように、メーカーが提供するマニュアルには掲載できる情報と掲載できない情報があります。例えばBIOS設定ついての詳細情報などを「サポートできないし、ユーザーがそこまでいじることは推奨しない」ために掲載していないメーカーもあります。
情報量の増大によるコスト増の問題はおいておくにしても、本当に重要な情報を絞り込んで提供するのが世の流れです。幹の部分をはずれて枝葉の方へ行けば行くほど、必要な人が減る割に情報量が爆発的に増大すると言うことになり、それが果たして一般ユーザーの役に立つのかどうかは疑問です。情報コストをユーザーがどこまで負うべきかという問題とも絡んでくるので、一概にマニュアル上での情報量の多寡を問うべきものではないと考えます。

それに情報量が少ないと文句を言っている人も、マニュアルの情報量を倍にした1万円高いモデルと現状モデルが併売されていたら、安い現状モデルを購入するでしょう? 要するに、そういうことです。

電子化されたマニュアルに対する期待?

また今後の要望として、マニュアルを電子化してもらい、パソコン上で検索できるようにして欲しいという意見も多かったようです。しかし同時に、マニュアルを一番よく使う場面として「トラブル発生時」という声もあがっているようです。
あのー、トラブル発生時には電子マニュアルが有効に機能するとは限らないことはご存じですよね . . . ?

マニュアルの電子化はこれからもどんどん進むことは間違いありませんが、安易な電子化にも問題はあります。この辺をわかっていれば良いのですが、どうも怪しいものです。
トラブル対策の面で不安があることも問題なのですが、プリインストール(CD-ROM添付でも同じこと)するための制作日程が厳しいことも問題となるでしょう。最近はソフトウェアのバグはアップデータを配布して誤魔化すという悪しき風潮が見られますが、マニュアルに誤情報(バグ)が残っていると出荷することすらできないのは相変わらずです(もちろんユーザーにとって正当な処置です)。
現状の開発日程の中で電子マニュアルも制作するのは、かなり厳しいのではないかと考えます。並行して複数の制作会社で動かそうとすると、メーカー内の担当者の負荷が尋常ではなくなるおそれもありますね。

また、先ほどの情報不足の問題とも絡んでくるのですが、具体的な(特定の)状況におけるトラブルは製品出荷後に明らかになるのが常です。従ってマニュアルの量を増やしたり電子化したりしても、この問題は解決できません。
そうしたときにサポート用のWebページ(これもある意味で電子マニュアルです)の役割は重要になるでしょう。情報コストはユーザーの負担ということになりますが、有益な情報が提供されるに越したことはありません。コストや制作時間といった制約が比較的緩いWebページによるトラブル情報の提供は、これからより盛んになってくるのではないでしょうか?
もちろん有償サポートとして、「フリーコールのトラブル相談と、半年ごとに増補された電子マニュアルの配布」というような形態もアリでしょう。

個々のサポートツールも重要だけれど. . .

結局、すべてをマニュアルに求めるのはナンセンスです。マニュアルの役割とその限界について、メーカーがもっとアピールしていかなければならないと思います。マスコミもマニュアルの出来が悪いと文句を言うだけでなく、ユーザーを啓蒙するような活動を期待したいところですが、いかがでしょうか?
「現状のマニュアルには満足できない」というのはもっともですが、Webを利用した情報提供、電話サポートとといった個別のサポートツールにはできることとできないこと、得手不得手があります。現実問題として、それぞれの分野で無理に最大効果を狙うよりも、ユーザーが自然な形でこれらのサポートツールを使い分けられるような仕組みを用意することの方が、ユーザーとメーカー双方の利益にかなっているのではないかと考えます。

結局この問題は、ユーザーに提示する情報をどうマネジメントしていくのかという、現状の大問題に収束していくように思われます。サポートランキングというならば、本当はこういった「質」の部分こそ評価して欲しいところなのですが、期待するだけ無駄なのでしょうか?

補足(6/21)

マニュアルを横並びで評価するという目的においては、母集団の偏りは重大な問題となります。おそらくヘビーユーザーが大部分を占める中での評価は、実際の購入者層やターゲットユーザー層の実感に対して、かなり乖離しているものである可能性も大きいでしょう。
しかし、ヘビーユーザーのあげる意見が無駄であるかというと、そうではないことにも注意が必要です。マニュアルに対して具体的に様々な意見や要求を出すユーザーは大切にすべきです。

確かに現状の限られたコストの中では、ターゲットユーザー層が必要とする最低限の情報に絞り込まざるを得ないため、それ以外の情報が切り捨てられがちになります。しかし、現在はWebという比較的情報提供コストのかからないメディアが用意されています。こういった別の手段をうまく活用して、ヘビーユーザーの声に答えることも重要でしょう。
ヘビーユーザーの求める具体的かつ実用的な情報を提供することは、顧客満足度の向上につながるだけでなく、サポートコストの低減にもつながります。そして何より大事なことは「購入していただいた商品を使いこなしてもらえるように、我々はユーザーをサポートするのだ」というメーカーの姿勢を、現実のユーザーだけでなく未来のユーザーにもアピールできることです。
実際に不満や要望を声に出してくれるユーザーは、メーカーにとってかけがえのない財産なのです。多くのユーザーは何も言わず、次は別メーカーの製品を購入してしまうのですから。

いかがでしたか?

当研究所がなぜここまで文句をいうのか、不思議に思われる方もいらっしゃると思いますが、理由は簡単です。日経大好き(苦笑)の企業マネージャーがこの特集を真に受けて、訳の分からない改善案(と称するもの)を現場の担当者に押しつける可能性が多分にあるからなのです。

そんなもの押しつけるよりも、カネとヒトをもっとマニュアル部門に回してくれ。そうすれば自然にもっといいものができるから」と思っているマニュアル担当者は多いと思いますが、いかがでしょう? もちろんマニュアル担当者もこのような特集で高評価を取れるよう努力していかなければなりませんが、評価する側が大事なところを見てくれないようでは話になりませんからね。

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