毎年恒例(笑)ではありますが、今年もTCシンポジウム2000の分科会「いま電子マニュアルに何が求められているか」で当研究所の所長が発表した内容をお届けします(今年の発表資料はあまりにショボ過ぎるため、資料を公開するかどうかは現在検討中です)。

電子マニュアル、最近の動向は?

電子マニュアルの導入が本格化したのはつい数年前です。導入当初はいろいろと混乱が見られたものの、電子マニュアルと紙マニュアルの担当領域は次第に明確になりつつありました。しかし最近になって、紙マニュアルと電子マニュアルの情報の切り分け基準の境目がどんどん曖昧になってきているように感じます。

その背景について考える前に、電子マニュアルの現在の動向をおさらいしておきましょう。

  • OS標準ヘルプ:
    (MacOS専用ヘルプを作成している例が少なくなってきているため、Windowsアプリで使用されるヘルプに話を絞ると)WinHelpからHTML Helpへの移行が順調に進んでいるようです。HTML HelpはWinHelpと比較してヘルプとしての使い勝手も向上していますし、堅実な変化を遂げていると言えるでしょう。
  • PDF:
    当初より懸念されていた限界が、ついに露呈した感があります。
    PDFはクロスプラットフォームで閲覧可能なお手軽フォーマットとして期待/利用されてきましたが、これはHTMLの貧弱なビジュアル表現能力に比較してPDFが選択されてきたという事情があります。HTMLの表現能力が上がり、何らかのWebブラウザが標準で付属するようになってきた以上、PDFを主体的に選択する理由は少ないのが現状です。Acrobat Readerの操作性の悪さや表示速度の遅さという、電子マニュアルとしての根幹に関わる問題があることもマイナスポイントです。
    既存のDTPデータからすぐに電子マニュアルを生成したい場合や、コンテンツの保護などといったセキュリティ対策を講じたいという場合のみに価値がある、というのが現状ではないでしょうか。
  • HTML:
    バージョン4からCSS(Cascading Style Sheet)も利用できるようになり、ネックとされていた表現能力の問題は事実上解消しました。ブラウザによって挙動が異なるという問題もありますが、よほど凝ったことをしない限り、この問題も回避可能です。ローカル/ネットワーク環境を意識せずにシームレスな情報提供が可能というのも(常時接続が日常となる)将来的には大きなメリットです。
    唯一の問題は、貧弱なローカル環境での検索能力でしょうか。

対象製品自体の変化による、電子マニュアルへの影響

前述したような電子マニュアルのフォーマットを、特性に合わせて使い分けているのが現在のところですが、製品の動向に合わせて電子マニュアルの形態も変わって来ています。製品動向の問題について考えるにあたっては、以下の3つのポイントを重視すべきでしょう。

  • 「プロダクツからサービスへ」という流れ:
    売り切りモデルから継続課金モデル(サービス化)への、ビジネスモデルの移行が強まっています。ハードウェア自体はタダ当然で、月々の通話料収入で収益を計算する携帯電話業界が代表として挙げられますが、Microsoft.NETやASP(Application Service Provider)も、この流れに位置づけられます。プロダクトのサービス化にあたっては何らかの形でメーカーとユーザーの関係を密に保つ必要がありますが、これはネットワークを利用することが一番現実的です。というよりもむしろ、ネットワーク利用の一般化によって、プロダクツからサービスへの流れが加速していると捉えるべきでしょう。
  • ネットワーク接続が前提となる機器の増加:
    パソコンだけでなく、iMODEなどの携帯電話やSTB(Set Top Box)に代表される、各種インフォメーションアプライアンスが今後ますます増加することが予測されます。ゲーム機のネットワーク化(ネットワークゲーム)なども、この一環として捉えるべきでしょう。
  • サポートコストに関する意識の変化:
    これは主にメーカー側の意識の変化ということなのですが、特にソフトウェアサポートの分野で完全無償制から有償/応分負担への移行が一般化してきました。インターネットを利用したサポート情報提供も、ユーザーが費用を負担してサポート情報を閲覧しているという点で、この路線に近いものがあります(この場合では、ユーザー側のメリットも大きいことはもちろんです)。

こうしたポイントを考慮に入れると、全体的に製品やサポート情報、電子マニュアルはネットワークを前提としたものに移行するであろうことが想像できます。紙マニュアルと電子マニュアルの情報分類が曖昧化してきたのも、こうした背景によるものです。

情報提供手法の変化による、電子マニュアルへの影響

それではネットワークを前提とした製品/サービスに対する各種の情報提供のありかたは、どう変わっていくのでしょうか。この変化を説明するために、情報提供にあたって行うデザインの3つの段階という概念を提示したいと思います。

  1. インストラクションデザイン:
    紙マニュアルのレベルでは、操作仕様を手順や説明としてどう展開するか、ということだけが問題でした。出力環境が紙という固定された媒体なので、インストラクションをどういう順序で構成し、わかりやすく表現すれば良いかという問題に集中できます。
  2. インタラクションデザイン:
    しかし電子マニュアルでは、固定された出力環境というものは存在しません。表示領域も可変ですし、何よりも紙媒体と違ってユーザーが直接コントロールできない媒体を、どうやってユーザーにコントロールさせるのかを十分に考えなければなりません。
    つまり、インストラクションだけでなく、ユーザーとコンテンツの間のインタラクション(ナビゲーション、インターフェース)をどうデザインするかという問題意識が必要となってきます。
  3. コミュニケーションデザイン:
    これがさらにネットワークを前提とした電子マニュアル(例:メーカーのWebサイトの一部としての電子マニュアル)になってくると、電子マニュアルそれ自体がユーザーと企業との間の直接的なコミュニケーションツールとして機能するという側面も持つことになります。
    従って電子マニュアルが「メーカーとユーザーのコミュニケーションの場」として機能することになるため、コミュニケーションをどうデザインするかという問題意識も必要となってきます。ここまで来ると各種マーケティングやブランドマネジメントといった領域に直結してきますので、既存のマニュアル制作の方法論ではカバーするのは不可能でしょう。

現在の電子マニュアルは、インタラクションデザインからコミュニケーションデザインへの移行が始まっている段階ではないかと思います。ネットワークというものが特別なものでなくなるにつれて、移行のペースは上がってくるのではないかと想像できます。

今後必要になる観点とは

さて、このように電子マニュアルがコミュニケーションツールとして変貌を遂げるとどうなるでしょう? おそらく次のような役割が電子マニュアルに課されることになると考えられます。

  • ブランドの伝達装置:
    メーカーのWebサイトと一体化するようになれば、メーカーがユーザーに対して訴求するブランドの伝達装置としての役割も求められます。高品質なユーザー体験を通じて、自社の価値をユーザーに伝達する必要がある以上、電子マニュアルで期待した情報が得られるかどうかだけでなく、情報を得るプロセス自体の品質も重視されてきます。
    マニュアル自体が独立した媒体であったことには許容されたコスト要因その他の言い訳は許されなくなりますし、要求品質も高くなるでしょう。
  • CRMツールとしての機能:
    いままでユーザーがどうやってマニュアルを見ているのかは、ユーザーテストを行わない限り予想もつかないものがありました。しかし電子マニュアルがネットワーク化することで、ユーザーの行動を追跡することが可能になります。
    商品の使いにくい/わかりにくいと感じられる部分の解析に役立つだけでなく、個別ユーザーの行動データに基づいて(サポートや各種販促情報と連携した)パーソナライズ/カスタマイズを行うための、CRM(Customer Relationship Management)ツールとしての役割も期待されてくるでしょう。

もはや独立したマニュアルではなく、メーカーがユーザーに対して行うコミュニケーションの一環として、他のツール(会社案内、TVCF、カタログ、サポートその他)と統合されてくる、というわけです。統合コミュニケーションデザインとでも言いましょうか(心ある人は以前からこうした考えかたが重要ということを、ことあるごとに主張してきたのですが . . . )。

そうなると既存のマニュアル制作組織の見直しや、ビジネスの再構築も必要になってくるでしょう。おそらく、以下のポイントくらいは押さえておく必要があるでしょうね。

  • セクショナリズムの排除:
    統合コミュニケーションとして機能させるために、営業や広報、宣伝部門とどう連携を取っていけばよいのかを考えなくてはなりません。マニュアル制作部門にあっても、ビジネスセンスや経営感覚、ブランドコミュニケーションを背負うという責任感を持つ人材の育成が必要でしょう。
  • 他業態との競争ビジョン:
    電子マニュアルがネットワーク化して、メーカーのIT戦略(死語)の中に組み込まれると、マニュアル制作業界がWebビジネス業界と直接対決しなけれなならない状態になります。両者で棲み分けは可能なのか?それとも下請化するのか?といったことを、まじめに考えておく必要があります。
    確かに紙マニュアルやスタンドアロンの電子マニュアルが世の中から姿を消すには時間がかかるでしょうが、長期的なビジョンは必要ですよね。

どんどん厳しくなってきますね(笑)。で、あなたはどうしますか?

いかがでしたか?

某筋から得た情報によると、かなり物議を醸した発表だったようです(苦笑)。電子マニュアルに移行するかどうかのレベルでさえいろいろと問題を抱えていることが多い現状では、ちょっと刺激が強すぎたかもしれませんね。

でもWebサイト制作に携わっているかたは、いつもこうしたレベルで日々活動されているわけで . . . 。「我々にはテクニカルコミュニケーション技術が」なんて言ってても、何もできないんではお話になりませんからね、マニュアル業界の皆様(自省を込めて)。

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